私達の行く先は天ではなかった。
第弐話 別火寿希の場合⑥
妖精さんが行ったあと、僕はまた一人になり真っ白な病室は静かになった。夢、だったのかなぁ……。
けれどまもなく、憔悴した様子のお姉ちゃんと共に院長先生が病室にやってきた。看護師さんじゃいけないような状態だったのかもしれない。
とにかく、さっきのことはお姉ちゃんに内緒にしておかないと……。
あれはお姉ちゃんのためにも今言うことじゃないから。次から次へと問題が積み重なったらお姉ちゃんだって辛いに違いない。
いいや、言わないでやったほうがいいのかもしれない。
だって、元は全部僕が悪いんだから。
「呼吸はしっかり出来ていますか?」
僕はこくりと頷く。
「触っているのはわかりますか?」
腕を触られているのは見た目で分かるけど感覚がない。僕は横に首を振る。
その後も色々と調べられたけれど、そのくらい。
強いていえば、お姉ちゃんが落ち着かない様子でこちらと院長先生を交互にきょろきょろ見ていたくらい。一方で、僕はさっきの出来事があったからか変に落ち着いていられていた。
そして、院長先生はこう続けた。
「治す手段は現状ありませんが……点滴を続けていればこれ以上悪くなることはありません。安心してください」
その言葉を聞いて、お姉ちゃんの体から力が抜ける。
「この身体ではもう病院を抜け出すことも厳しいでしょうしね、ハハハ。それから、お姉さんは朝になったら両親を連れてくることは可能でしょうか?」
「あ、あぁ……わかりました、連絡しておきます。あの……寿希は、大丈夫なんですね?」
「ええ、もちろん。お父さん方のためにも私が保障しますとも。お姉さんも朝になるまでこちらで休んでいていいですよ。あなたを今晩中うちで預かることについては私どもの方からお父さんに連絡しておきますよ」
「はい……今は、二人きりにさせてください」
二人になった後、僕もお姉ちゃんも何を喋っていいのかわからず、気まずく静かな時間が続いた。
「……」
「……」
何分か経った頃だろうか、耐えられなくなったお姉ちゃんがゆっくりと口を開いた。
「な、なぁ寿希……わたしにできることがあればなんでも言ってくれよな」
「ぅん……」
でも、その話題もすぐに終わってしまう。僕がまともに話せないから。
もし話せたなら……僕は今までの気持ちを全部言えたのだろうか?
「わ、わたしが凹んでるなんておかしいよな、寿希だって思うことはあるだろうにな」
「ふふ、そうだね……いいんだ、いい……」
お姉ちゃんはきっと何かしらの責任感を感じて、話を続けようとする。
でも、そんな焦っているお姉ちゃんを見るのは珍しくて少しだけ笑ってしまった。こうやって困らせるなんてほとんどなかったから、こんな状況だけどなんだか新鮮な気持ちなのかもしれない。
でも、僕は出来る限りお姉ちゃんを困らせたくないし、僕だってもう苦しむのはなしにしたい。さっき、妖精さんは僕に力があるって言ってくれた。
だから、僕は妖精さんの言う通り、自分なりに"上手くやろう"って思う。
……たとえそれが最善の方法でなくたって、僕にできることはそれしかないのだから。
さっきのが夢だったとしても、それはそれで問題なんてないのだから。
僕はお姉ちゃんに気付かれないように息を整える。そして僕はお姉ちゃんの目を見つめて努めて笑顔で囁いた。
「ね、お姉、ちゃん……手握ってて……?」
「ああ、お前の望むことならなんでもやるよ……寿希」
お姉ちゃんは泣いていたけれど、僕は罪悪感から目を逸らした。
別火寿希の場合⑥
2023/02/16 up